受験・偏差値・勉強って何?

もとは愛から始まったと思うので、否定非難はできませんが、 教育業界は行き過ぎたコントロールの世界になってしまったようです。
私は自分が大学受験の時、 これは無意味な競争のゲームをやらされていると思っていました。
(そう感じている人は多くいると思います)
でも「将来の自分の子どもの気持ちが分かるように」「将来無意味なゲームを終わらせようと声を上げられるように」と 受験をしました。
ちょうど高校生の時、 対人恐怖の表情恐怖がピークだったので、 1人で机に向かっていても、 顔のひきつりやこわばりが常にあり、 情けなさ悔しさを感じながら勉強。
当然勉強内容に集中できず、ほとんど惨敗。
滑り止めの1校だけ受かり、通うことになりました。
全て心理学系を受けていたので、 心理学を学べることは嬉しかったのですが、 この大学のレッテルが一生ついてまわると思うと、 本当に嫌でした。
この偏差値、受験システム、なぜあるのか?多くの人が傷つき、悲惨な事件が毎年起こるのに。
今年度、第1志望の国立大学入学が決まり、 留学を夢見て自分で調べ、 更なる勉強を楽しんでいる 長女が生まれた時、 現実の受験システムへ娘をどう適応させていくのか、がとても怖かったことを覚えています。
どうやって、この娘に、 命の輝きを保ちながら 自立に必要な学力もつけられるか。
自立した個性(スピリット)と 学力(現実社会) の両立を子育てをしながら真剣に考えました。

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